赴任が決まってから3ヶ月間、2000年4月初めから6月終わりまで東京の僕の属するカンパニーの本社で研修することになった。
仕事でマレーシアに行ったことがないので具体的に何を準備すれば良いのかイマイチわからず雲を掴むような気分です。
想像の範囲で準備できることを精一杯やっているつもりですが・・。
2000年7月3日
- 航空便の荷物を発送。1時間程であっという間に持っていってしまった。いよいよ明日出発だが何かそういう気がしない。
2000年6月29日
2000年6月28日
- 日本での最後の出社。何かあっという間の3ヶ月だった。これと言う感慨も無く帰社。
2000年6月23日
- タイに駐在している方に会った。どんな風に仕事をされているのか、どういうことをすれば良いか少し想像ついてきた。
2000年6月20日
- 英会話が終わった。何か最後の一日だけ違う先生で中途半端な終わり方をしてしまった・・。
2000年6月19日
- 第2子の出生届を区役所に出しに行った。一応父親としての責任は果たしたかな?
2000年6月12日
2000年6月7日
- TOEICを受けた。今回の準備期間でやっている英会話レッスンの成果を出すためには
700点を突破したいところだったが、とてもそんな出来ではなかった・・。
リスニングでは今までよりもかなりクリアに言っていることを聞けたとは思うのだが、それと点数とはダイレクトに結びついていない気がする。 悪い前例を作ってしまったかもしれない。 BESTを尽くしたんだが・・。
今まで英語を全然やっていなくて英会話の先生についたら劇的に点数も向上するかもしれないが、そこそこやっていてそこそこの点数(600以上)を取っていると、そこから点数をあげるのはけっこうきつい。 まあ赴任後にまた時間かけてやるしかない!耳は研ぎ澄まされて来るだろうし。
2000年6月5日
- 英会話レッスンの先生が変わった。今度はイギリス人の先生でPhllipだ。元銀行マンということでビジネスに使える言い回しを教えてくれて役に立ちそう。物腰も柔らかくて好感が持てる。どうもアメリカ人よりもイギリス人のほうが付き合いやすい気がする。マレーシアもイギリス領だったからどちらかというとイギリス英語に近い?
2000年5月26日
2000年5月25日
- 7月5日にシンガポール(アジアの本社がある)に行くことになった。
2日間シンガポールに居てそのあといよいよマレーシアだ。
2000年5月12日
20002年5月15日
- 生まれて初めて内視鏡というものを飲んだ。
さすがに入れるときに「うっ」という嫌な感じはあったし、
飲んだ後も胃の色んな場所を見るのに動かされると「うっ」と来る。
でも少し余裕が出てくると僕もモニタを見られるようになってきた。見ると自分の胃の中はピンク色していて意外ときれいだった。
結局10分程で終わり、バリウムを飲んだときのように後を引くことはなくそれほどタイヘンではなかった。
ポリープも確かにあったが大きさも小さく放っていても問題はないらしい。とりあえずホッとした。
- ここ5-6年シャープのザウルスを使ってきたが、ザウルスはあくまで国内用PDAということでマレーシアでは使えないと判断し、PDAの世界標準PalmOSを積んだIBM
WorkPad c3 を買った。
ACアダプタがさりげなくAC100-240V対応というあたりはさすがグローバル機種ってカンジ!
2000年5月1日
- 胃の検診のことで病院に行った。いきなり内視鏡を飲むかと思って朝食抜きで行ったがすぐにはやってくれなかった。
まあアタリマエか・・。
結局5月の半ば頃に内視鏡検診をすることになった。
でも先生は大きさが小さいポリープであれば心配ないとおっしゃっていたのでそれほど心配することはないだろう。
初めての内視鏡がどんな感じか?というのはあるけど。
2000年4月28日
- 国際免許証を取りに鮫洲の免許センターへ行った。 写真とパスポートがあればあっと言う間に取れた。(申込書出してから10分もかからず)
ただ来年の誕生日で運転免許証切れると 帰国後に再交付しなけりゃならないらしい。パスポート持っていけば手続きはカンタンらしいが、 免許証の取得日がその日になってしまう。僕の場合昭和61年が取得日だったのが消えてしまう訳だ。
でも期限前更新をしてもどうせ同じ事になるので更新のころに帰国するのが一番良さそう。 そううまく帰れるかどうかはわからんけど。
そうそう朝には破傷風の注射も打った。
2000年4月27日
- 赴任前ということで人間ドックを生まれてはじめて受けた。バリウムというもんも初めてだ。
中ジョッキ位の大きさの容器に入っていてギョッとしたがまあ一気飲みは慣れていたので何とかなった。 (芸は身を助く?)
ただ終わってからずっとお腹の調子がすっきりしないのはやっぱり後遺症といえる?
検診後、結果を教えてもらったが何と胃にポリープが!
念のため内視鏡で検査してくださいということになり、GW明けに病院に胃カメラ飲みに行かんとあかんようになってしもうた・・。
2000年4月24日
- A型肝炎の第1回目の予防注射を受けた。 B型は先先週に1回目を受けた。マレーシアに今行っている同僚が両方受けた方が良いと言うので。
しかし肝炎の予防注射はメンドーなことに3回受けないといけない。しかも3回目は半年後だ。
2000年4月19日
- YANAママがJAL主催の海外赴任者向けのセミナーを受けてきた。
ちゃんとマレーシア行きの人は同じテーブルに席があって、マレーシアから帰国した人が経験談を話してくれたそう。 実際の生活上でのアドバイスも色々としてくれたようでずいぶん安心できたようだ。
また同じテーブルに座った人とも友達になれたので向こうへ行ってからも心強いようだ。
無料のセミナーなのだがなかなか良い内容のようだ。ただマイレージクラブやファミリークラブに入れとは言われたらしいが。
まあJALのマイレージは既に入っているし、1回それで香港も行ったけどね。
2000年4月17日
- Ericaとの2回目のレッスン。 今日は前回よりは随分やりやすかった。何とかやっていけそう。
- 午後はマレーシアでの社長(といっても普段はシンガポールに居る)と初めて会った。
噂通りの厳しい人だったがおっしゃっていることはしごくまとも。正論で厳しいのなら納得は行く。
あとは自分がやるだけ。
まあやってみんとわからんわなあ・・。
とにかく最善は尽くす所存です。
2000年4月13日
- あー。今日はヘビーだった。 今日の英会話のレッスンはもう一人の講師、ハワイ出身のEricaという若い女性だが、
医学を勉強しているとかいう秀才で厳しい!しかもハワイなまり?かで聞き取りにくいし 難しい単語を使うのでわかりにくい。
楽しくレッスンできないし、何言っているかあまり理解できない。次もこの調子なら先生代えてもらおうかなあ・・・。
2000年4月12日
- 最初の英会話レッスンが始まった。
今日の講師のGrahamはオタワ出身のカナダ人で同い年。気が合いそうなナイスガイでうまくやっていけそう。
- 午後は処遇説明を受けたが、向こうでの生活給は 日本円に直して約20万円。ウチの会社は現地の物価に合わせるのでそうなるらしい。
それで十分生活できるのかどうか、 やってみんとわからんなあ・・。
2000年4月11日
- 大阪の物流センターへ出張。 貿易に必要な書類や実際の物の流れ、価格の考え方などを教えてもらい、実際に見てようやく少しわかってきた。
「貿易実務の基礎」という通信教育を 申し込んだものの手をつけていなかったがこれでようやく始められそう。
2000年4月3日
- 会社の人事担当と今後について打ち合わせ。
80時間の英会話レッスンとさまざまな手続き・貿易他の実務に必要な知識の習得などが中心となる。異文化への対応の研修も。
- 就労ビザ取得のために英語の卒業証明書が必要とのことで大学に依頼する。 ただ経済学部卒では就労ビザは取り難いらしい。
仕方なく入社後の経歴で技術を習得したことにするとのこと。技術移転というような名目がないとビザ取得できないのだろう。
2000年4月4日
- 語学学校と打ち合わせ。 とりあえず今月中に英会話レッスンの40時間を終えてしまうようにスケジュール組みすることになった。
2000年4月2日
- 東京へ引っ越して来ました。 もう桜も咲いていてあったかい。昨日まで雪が舞った郡山とは随分気候が違います。
とはいえマレーシアはもっともっと暑い。 だんだん慣れないとね!
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