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インド・チェンナイ紀行


マハーバリプラムの海岸寺院(世界遺産)

 

遂にインドへ行ってきた。日本がお盆で休んでもあまり迷惑がかからなさそうな週に2日間有休を取って3泊5日の旅となった。家族は日本に一時帰国中のため一人旅である。
とにかくインドがどういうところかこの目で見て感じたいということが目的なので場所はどこでも良かった。飛行機の便を調べていくとKLから毎日便があるのがチェンナイ(旧マドラス)だった。ニューデリーやムンバイは週に2−3便で柔軟性がないのでやめた。KLに毎日飛んでいるのはきっとマレーシアに居るインド系の人たちはチェンナイを中心とする南インドからイギリス人に連れてこられたからだろう。今でも交流が盛んだと推測される。
調べていくとチェンナイ近くには遺跡や古いヒンズー寺院があることもわかり、それらを訪れる計画で日程を考えた。

8月13日

KLIAでゲートに行くと、周りはほぼ全てインド系。既にここはインド?って感じだがまあマレーシアでもインド人街に行けばこんなものなので慣れているといえば慣れている状況だ。わずか3時間半のフライトだったが途中横になって仮眠できてあまり疲れのないうちにチェンナイの空港に到着。預けた荷物がなかなか出てこず不安になるが、探すと既にターンテーブルから降ろされていたのを見つけてホッとする。
タクシーは高いとはわかってはいたが安全を見てチケット制のタクシー250ルピアに乗る。チケットカウンターからおじちゃんが荷物を引いてくれてタクシーまで連れていってくれた。でもしっかりはっきりとチップを要求された。このへんは遠慮勝ちなマレーシアの人とは全く感じが違う。 細かいお金がなく仕方なく50ルピアをあげる。出たところはいかにもアジアの空港という感じで人がぎっしりと集まっていた。ホーチミンを思い出した。タクシーで街に近づくがもう12時なろうとしているためか、あまり街の照明は明るくはない。かといってジャカルタほど暗く怪しい感じでもない。
ホテルに着いた。落ち着いた感じのコロニアル・ホテルという感じ。部屋もそこそこ広くクイーンベッドであり一人用としては十二分だ。窓が小さくて景色が悪いのがタマにキズだが、まあ安いレートで取ったから仕方ないか。イマイチ、インドに来たという実感がないままにベッドに入る。荷物にかけた鍵が開かないという小さなトラブルがあったがちょっと工夫して開けられて事なきを得た。

8月14日

朝食後ホテルのフロントで市内ツアー、マハーバリプラム・ツアーについて聞いてみるが、ホテルの車チャータしかなく、マハーバリプラムに至っては3000ルピー以上もする。家族連れならともかく、一人のためにチャータするには高すぎるのでバスツアーに参加したい旨を告げると10時になったら政府観光局へ行けという。まだ2時間あるし、ミネラルウォーターを買いたかったのでとりあえず外をブラつくことにした。歩いた感じマレーシアほど整備されてはいないものの、まあカンボジアよりはちょっといいかな、 だいたいベトナム程度かなという感じでやっぱりアジアの街であることを感じさせた。川沿いに来るとゴミのヘンな臭いがして、またテント生活をしている人たちが居た。東京でも堤防の内側でテント生活している浮浪者が居るというが、古今東西川というのはそういうところらしい。河原者というワケだな。

州立博物館に行ってみたが9:30にならないというので中に入るのはやめて、水を買ってまたブラブラと戻ってきた。ウチの会社のスタッフなどは「インドで水を買ってもお腹がやられる、マレーシアから水を持っていかないとダメだ」などと言っていたが、僕が買ったミネラルウォータはコカコーラが出しているモノで品質的には信頼できそう。

10時になって政府観光局へ行くと、パンフをくれてすぐ隣の旅行代理店へ行けとのこと。そこで午後の市内観光と、明日のマハーバリプラム・ツアーの予約を済ませる。合計415ルピアだった。安い。ただエアコン付きバスがないというのが不安ではある。帰りにスペンサープラザというショッピングセンターを覗く。ここにフードコートでもあれば後で昼食を取ろうかと思っていたが残念ながら工事中だったのでやめにした。安全を見てホテルで昼食を取ってから出かける。市内観光の集合場所であるTourism Complexまでオートリキシャーで行く。10ルピア代で行けるとのことを旅行代理店で聞いたがどの運転手も30ルピアと言って聞かない。彼らの英語もあやしい。とにかく順番に聞いて回っていると知らぬ青年が代わりに運転手に交渉をしてくれて25ルピアにしたので乗れという。まだ高いが少しは負けたのと集合時間ぎりぎりになってきたので乗ったら、その青年も乗ってきた。「これはどこかへ連れて行かれるのでは」と一瞬緊張したが結局ちゃんと目的地に連れて行ってくれた。あれは何だったのだろう?単なる親切か、それとも高めで交渉を締結した分運転手からキックバックを得てこづかい稼ぎだったのだろうか?まだまだインドは謎だ。

            集合場所Tourism Complexでチケットに引き換えて待合場所で待っていると一人イエローの女性が居た。最初中国系と思ったが日本人のようにも思える。ちょっと気になりつつ出発時間になってバスに乗り込んだので隣に行こうかとも思ったがとりあえず指定されたシートに座った。
            バスは出発しセント・ジョージ砦へ行ったが、てっきり降りてみるものと思っていたらバスの中から説明があっただけでそのままUターン。どうやら全てのポイントで降りるわけでもないらしい。ちょっとがっかり。そうやってマリーナビーチ沿いをアーンナトゥライ記念廟やチェンナイ大学などを車窓から眺めた後、朝入らなかった州立博物館へ。外国人はUS$5相当を払えと言われたが中が見たいので払う。そうして中に入ろうと思っていたら「日本からですか?」と聞かれた。先ほどの女性だった。やはり日本人だったようだ。「はい、日本人です。」等2,3言、言葉を交わした後、彼女は中に入らないというので一人で博物館に入る。

中には多くのレリーフがある。古いものは紀元前のものからあり、それがまた素晴らしい。ローマとの文化交流があったのではないかと思える写実的で豊かな表現の彫像だ。紀元後のものも色々な作品があって素晴らしい。7−8世紀のものなども多く、インド文化の歴史の長さと深さを感じる。半分くらいの展示が終わるとあとは何故か自然科学系の動物とかの展示になったのでそっちは飛ばして外を少しブラブラしてからバスに戻る。
日本人女性は既に席についていた。隣が空いているように見えたので、「隣良いですか」と座らせてもらうことにした。話しているうちにわかったが彼女Yさんは慶応の看護学科の1年生で主目的はインドでのワークキャンプで、その前にマレーシア・タイと南インドを旅行中という。既にKLからバンコクを列車で往復したというから感心する。僕が12年前マレー鉄道に乗ったときでもバンコク−シンガポール片道でしかもタイ語のできる友人と2人連れだった。今の若い女性はたくましい。
一番大きなAuditoriumのある詩人を記念した場所Valluvar Kottamを見学し、ガンジー公園ではヘビ園だけを見るというよくわからないプログラムでツアーは進むが、ずっとYさんと話ながらなのでそれも気にならない、一人旅も良いけど相棒が居る旅行もまた楽しい。

カパーレシュワラ寺院はなかなか素晴らしかった。入り口で靴を脱いで裸足にならないといけなかったのには驚いたが裸足になってみるとそれはそれで気持ちの良いものだ。手で食べることも含めてそういう触感みたいなものを大切にしているのだろうか?人々について寺院の中に入ると、おばちゃんに「入るな!」という感じで怒られた。どうやら信者以外は入ってはいけなかったらしい。でも垣間見た中は仏教と似ていて(というか仏教がヒンズー教から分かれたというべきか)、違和感がないというかわりとしっくりくる感じだった。
期待していたサン・トメ聖堂には寄らずマリーナビーチへ行く。リオに次いで世界で2番目に長いビーチとガイドさんは自慢げに説明してくれたが、特別きれいなビーチというわけでもなく何と言うことはない。でもインドの人たちが民族衣装でビーチに遊ぶ姿はなかなか他では見られないものかもしれない。

            ツアーが終わった後、一人でディナーも寂しいのでYさんを南インドのダンス、バラタナーティヤムを見られるホテルのレストランへ誘った。彼女は海外での医療・衛生関係の仕事に興味があるという。夢を持った若い人というのは良いものだ。ついついおじさんぶりを発揮して自分の経験から色々なことを言ってしまった。説教くさいおじさんと思われたかな?ダンスを見ながらのディナーとなったが、このダンス、バラタナーティヤムが素晴らしかった。指先まで神経が行き届き、足はタップのごとく音を出してリズムを刻み、顔は女優の如く豊かな表情で全身で表現をする。歌詞の意味がわからないがどうもそれにそった物語を演じているようだった。またもインド文化の洗練度を実感させられた。なかなか素晴らしい。早起きをしたせいで随分長い充実した一日となった。

8月15日

今日はインドの独立記念日に当たる。このため多くの人が胸に国旗のシールをつけている。
カーンチープラム、マハーバリプラムへのツアーへ参加するため集合場所であるTourism Complexまでホテルから歩いた。途中道端で寝ている人が並んでいてギョッとしたがきっとやってみればテントで寝るのとさして変わらないのだろう。風邪を引かない気候では雨が降らない限りは何とかなりそうだ。

Tourism Complexには集合時間6:15きっちりに着く。ところが出発時間の6:30になってもまだバスの姿もなく出る気配はない。7:00になってもまだだ。だんだん置いてきぼりをくらったのではないか?とか不安になってきたが7:15になってようやくバスがきて出発となった。何でもこの前に同じバスを別の路線に使っていて事故渋滞で遅れたとのこと。 1台のバスを目いっぱい使いまわしているらしい。飛行機みたいだ。まあこうやって1時間平気で遅れるのもインドなのだろう。心配しつつも何とか待てたのもマレーシアで3年を過ごしたせいか?

約2時間、早起きしたせいでうつらうつらしているうちにカーンチプラムに着いた。最初のお寺はエーカンバラナタール寺院というところ。入り口に大きなゴープラムが見える。なかなか立派なお寺らしい。ここはヒンズー教徒以外も中に入れてくれる貴重なお寺。入ると巨大な回廊があり素晴らしい。7−8世紀にこんな巨大な石の建物を建てるのだから大したものだ。一番中央部だけはヒンズー教徒しか入れず、同じツアーの人たちはみんな入っていったが外国人である僕は先にバスへ戻る。途中おばあさんがお米を手につかませてきた。「No need Money」とか言ったのでつい掴んでしまったのだがこれが失敗だった。信者が沐浴をする池に連れて行かれてその米を投げさせられ、もう一籠も投げさせられておばあちゃんがおまじないをする。何でも長生きできるようにとのことらしい。 そしてしっかりカネを請求してきた。$1というので仕方なく払うと、もう一籠分も要るという。何だかんだで気づくと結局$3払わされていた。よくよく考えてみるとこの国ではかなりの金額だ。やられた。タダより高いものはない。まあ授業料US$3ということだ。

朝食を取ってもうひとつお寺をお参りしたあと(ここは外国人である僕は外から眺めただけ)名産である絹織物の実演・販売に寄ってからマハーバリプラムへ向かう。
田んぼに牛がポツポツ見える懐かしさを感じる田舎の景色を眺めながら約2時間バスに揺られてマハーバリプラムへ。昼食(スプーンがなく手で食べた。マレーシアでやり方は習っていたので役に立った)を取りいよいよメインの海岸寺院へ。でも残念なことに修復中らしく足場が組まれていた。気を取り直してじっくり眺めているといつのまにかおじちゃんが色々と説明してくれる。きっとガイドだと思いつつもまあ言いかと思い説明してもらった。ついでに写真も撮ってもらった。大きさはそれほどではないがなかなか美しい形をした寺院だ。見終わっておじちゃんに10ルピア渡すと足らないという。 結局言い値の50ルピアをあげたが後でよくよく考えたら間の30ルピアくらいで手を打つべきだった。まだまだインド式交渉に慣れていないな。

その後今度はパンチャ・ラタという石彫り寺院に行く。ここも海岸から近く侵食されているがまだ彫刻ははっきりとしていて素晴らしい。その洗練された文化には本当に感心する。

これでツアーのメインは終わったのだがなぜか次のプログラムはボート。乗り場に行ってみてわかったがツアーの主催者であるTTDC(Tamil Nadu Tourism Development Corporation)が運営しているボートだった。さらにチェンナイに近づいてから遊園地に寄る。これもコミッションがあるか何かあるのだろう。でもマレーシアのSunway Lagoonとトントンかもう少し面白そう。来る前のインドのイメージとはだいぶ違う。1時間乗り物にも乗らずブラブラとどういう施設があるかを眺め、ショーをちょっと見たりした後、チェンナイへ。着いたら夜8時を過ぎていた。途中ローカルレストランでチキン・マサラを食べて帰る。64ルピアだった。食べ物は決して安くはない。マレーシアと同等かちょっと高いかぐらい。所得水準から考えると外食はかなり高いのかも。マレーシアのようにほとんどの人が外食をする(特にチャイニーズ)という文化とは違うようだ。

8月16日

今夜深夜の便でチェンナイを発つということで今日が最終日ということになる。昼までにチェックアウトせねばならず、折角泊まったホテルなので朝プールに入る。しばし優雅な気分に浸った後チェックアウトし荷物を預けて出かけた。

まずはまだ見ていない市街地ジョージタウンへ。リキシャをうまく値切り裁判所前で降ろしてもらう。どこへ行くでもなく通りを歩いているうちに眼鏡屋ばかりあるのに気づいた。どうやら秋葉原ではないが、○○街、××街と専門店が集まっているらしい。どうせなら仕事に関係ありそうな電気街を探して歩いた。電気街というほどでもなかったが産業用の電気機器を扱う店がいくつかみつかった。しかしほとんどは欧州系メーカあるいは地元メーカと思われる聞いたこともないブランドで、インド市場が欧州の影響が濃いことをあらためて感じた。
もう少しぶらぶら行くと駅が目に入ってきた。駅前ではDVDプレーヤなどAV関連を売っていて、しっかりソフトはブルーフィルムもあるとジャケットを見せてくれた。まるでマレーシアのパサマラムだ。どこでも商法は同じなのだろうか?ややこしいので「No, No」で押し通し駅構内へ。せっかくだから名高いインドの鉄道に乗ってみることにした。地図を見ると一駅乗ったところが一昨日よく見られずに、見たいと思っていたセント・ジョージ砦。とりあえず一駅と思い切符を買う。列車はドア開きっぱなしで始発の成果それほど混まずに腰掛けて車内を見回しているうちに発車ベルもなく動き出す。何か収容所に入れられているような雰囲気の車両だ。

一駅ですぐ降りてFort(砦)内へ。今もインドの軍用施設があるため兵隊がそこここへ居て「どこへ行く」「何人だ」「身分証明書を見せろ」などとうるさい。イチイチ答えながらようやく中のほうへ入るとSt. Mary Churchの優美な姿が目に入ってきた。礼拝堂に入ると最後の晩餐の画が。なかなか落ち着いた良い場所だ。Fort Museumで外国人向け料金US$2を払い、この砦の歴史やイギリスによるマドラス支配の歴史などを見る。しかしこういうものを見ながら英国人に反感はないのだろうか?今でも堂々と歴代総督の肖像画を飾っているのに独立に関する展示は何もなく何か違和感を感じた。

セント・ジョージ砦を出て次はどうしようか考えながら歩く。リキシャが声をかけてくるが高いので取り合わない。戦争記念碑を過ぎてマリーナビーチを南下するのは遠すぎるし、お腹も減ってきたので再び鉄道に乗って大きな駅に行って駅前で食事をするというアイデアが思いつき実行に移した。先ほど降りた駅に戻りEgmoreの駅まで2駅乗る。こんどはかなり混んでいてしかも途中で訳もなく止まったりして心配になったが、何とか目的の駅で無事降りられた。

駅前食堂と言った雰囲気のお店でチャパティ他を食べて、インターネットで調べておいたガイドを見るとEgmore駅の近くにSt. Andrew Churchというのがあるのがわかったので行くことにする。尖塔部分とドーム部分が全く別のつくりのような面白い建物でこれも中を覗いてみた。なかなか気持ちが落ち着いて良い。こうなりゃチェンナイ一有名な教会、サン・トメ聖堂へ行かないわけにはいかない。一昨日通りがかっただけだし。

通りに出るとリキシャが声をかけてくる。少々遠いとは言え80ルピアとふっかけてくるがこっちは30で譲らず平行線をたどった挙句メータを倒すことにした。 確かにかなり遠くてメータはくるくるくるくる回ってどこまで行くか心配になったが結局50ルピアで着いた。これで彼らがいつもだいたい2倍近いとこから交渉を始めてくるということがわかってきた。交渉が面倒になれば「メータを使え」とやれば確実に最初に言ってくる値段よりは安くなるわけだ。

さてそのサン・トメ聖堂はイエスキリストの12使徒の一人、トーマスがはるばるユダヤからインドへと布教の旅へとやってきて今のチェンナイで亡くなり、それを記念する意味で立てられた聖堂ということだ。中へ入るとおじさんが「あれがトーマスの像だ」「ここへ潜ると墓だ」と案内してくれた。2000年も昔に中東を越えてアジアまで布教にやってきた使徒の墓というのに何だかとても感動してしまった。またザビエルの像もあり、彼が16世紀にインドからマラッカ、そして種子島へと流れ着く足跡にもまた触れられた気がした。

サン・トメ聖堂を出て海沿いに北上しようと思いビーチに出る。しかしマリーナビーチとは何だか雰囲気が違う。どうやら漁民が暮らす公共アパート+バラックみたいな場所らしい。少年が付いてきて「どこへ行く」「どこから来た」などと聞いてくる。引き返そうかどうか迷ったが、アイス売りや色々物売りが居て、そういうものを買う余裕があるということは最下層の貧民ではないと思われるので大丈夫だろうと判断しそのままビーチを北上した。浜辺では魚網を干し、子供たちが走り回ったり井戸で行水したり、母親が薪で外でキャンプのように調理していたり、期せずしてインド大衆の生活を垣間見ることになった。彼らの生活はすごく自然に近いところで営まれており毎日がキャンプといった雰囲気。それでも生きるのは十分生きていけそうではある。灯台のそばまでくると、彼らの居住区からマリーナビーチの行楽地という雰囲気に変わる。すぐ隣り合わせになっているところがインドらしい。

ずいぶん歩いたのでベンチでしばし休憩。一時間近く浜風に当たっていただろうか、日も暮れかけてきたしそろそろインドの旅も終わりにしよう。リキシャでスペンサープラザへ行き、みやげ物を覗いてホテルへ戻った。ひとつ魅力的なヒンズーの像があったが何と12000ルピア(約4万円)というのでやめた。ディスカウントさせてもまだ9500ルピアと言っていて高すぎる。きれいな顔をしていてトルコ石をあしらったものだったがどう考えても高く売りつけられるに決まっている。縁がなかったと思いあきらめた。

ホテルで預けていた荷物を受け取り、一日汗と埃にまみれた手足、顔をトイレ手洗い流し着替える。さっぱりしてタクシーで空港へ向かったが、タクシーはエアコンなしの国民車アンバサダー。空港へ着くころはまた埃まみれに逆戻り。やはりインドはインドなのでした。

翌朝KLIAに到着。機内であまり眠れずに疲れが残る。エネルギッシュで常に戦っているようなインドでの疲れかもしれない。インド、生きていけないことはないがずっとあの調子で毎日会う人会う人と交渉をし、少しでも利益を失うまいと戦うのはとても疲れそう。人の良いマレーシア(もちろんインド人タイプも大勢居るには居る)に戻ってきてホッとした。

(2003年8月13日-8月17日・YANAパパ)

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